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2019.12.07(Sat):その他写真(非鉄)

[ 道の駅「長門峡」 ]
秋の情景201911(5)
(2019.11.23)



2019.12.06(Fri):その他写真(非鉄)

[ 道の駅「長門峡」 ]
秋の情景201911(4)
夕暮れ時――夕陽が紅葉を艶やかに照らし出す。

(2019.11.23)



2019.12.05(Thu):その他写真(非鉄)

[ 山口線 長門峡駅 ]
秋の情景201911(1)

秋の情景201911(2)
(2019.11.23)
何気ない秋の情景を(適当に)撮影したスナップを紹介するシリーズ。
毎日更新(予定)。



現在、極めて多忙のため、北海道旅行記の執筆が思うように進展していません。
最悪、このまま打ち止めになるかもしれません・・・。



2019.10.28(Mon):その他写真(非鉄)

長期間連載が滞り失礼しました。
前回の記事はコチラ

[ 北竜町ひまわりの里 ]
令和初の北海道(29)
行程2日目――。
LMたちを乗せたレンタカーは、白滝の地から北竜に向かう。
もう10年近く前、夏の北海道で、北竜町ひまわりの里に行き、そこのひまわりの里を見て感動した記憶がある。
今回の行先を検討していたとき、そのことをふと思い出した。
令和初でもあるし、最愛の女性も再訪を希望したので行ってみることになったのだった。

令和初の北海道(26)

令和初の北海道(25)
昼になると物凄く人が増えるので、思い切って早朝に行った。
幸い、そんなに朝早くから来ている人は少なく、静かにひまわりと向き合うことができた。
果てしなく広がるひまわり畑に見惚れた。

令和初の北海道(22)

令和初の北海道(23)
最愛の女性も、久しぶりに来たこの場所を喜んでくれた。
天気が良ければもっと良かったのだが・・・。
しかし、曇り空のしっとりしたひまわりも悪くはなかった。

令和初の北海道(24)

令和初の北海道(27)
最愛の女性と一緒に、ただただひまわり畑を見ていた。
それは、とても幸せな時間だった。
人がどんどん増える午前9時過ぎには撤退したので時間は短かったが、心落ち着く時間だった。



2019.10.22(Tue):その他写真(非鉄)

[ 陸奥記念館 ]
陸奥記念館(2)
周防大島にある「陸奥記念館」。
柱島沖で爆沈した悲劇の戦艦「陸奥」に関する展示を行っている。

陸奥記念館(8)
1943年(昭和18年)6月8日、陸奥は謎の大爆発を起こして沈没した。
原因は諸説あり、未だに明らかにされていない。
総員1471人、うち死者1121人、生存者わずか350人という大惨事だった。
慰霊碑のある丘から見える海に、陸奥は停泊していたという。

陸奥記念館(1)
1970年(昭和45年)6月以降、遺族や生存者らの熱意で引き揚げ作業が行われた。
長期間の作業の末、乗組員の遺骨・遺品・主砲など艦体の75%が引き揚げられた。
その遺品を展示・保存し、乗組員の冥福を祈る施設として記念館は設けられた。

陸奥記念館(9)

陸奥記念館(10)
このとき引き揚げられた14cm副砲、艦首先端部、スクリュー等が屋外展示されている。
なお、錨も記念館前に展示されている。

陸奥記念館(3)

陸奥記念館(11)

陸奥記念館(4)

陸奥記念館(5)

陸奥記念館(6)

陸奥記念館(12)
記念館の中は、模型や写真が多数展示され、在りし日の戦艦「陸奥」の雄姿を偲ばせてくれる。

陸奥記念館(13)

陸奥記念館(14)
また、引き揚げによって回収された陸奥の遺品も多く展示されている。
貝殻などが付着していることが、海底から引き揚げられたものであることを思わせる。
他に、カメラは向けていないが乗組員の一覧が表示されている。

陸奥記念館(7)
島の人々は、この悲劇の戦艦の慰霊に努めてきた。
LMも、碑の前や乗組員一覧の前で頭を下げた。
亡き人々が安らかに眠れることを祈りながら――。