2013.12.15(Sun):廃線探訪

[ 釧網本線 摩周駅 ]
北海道201308(87)
いったん摩周駅まで帰った後、最寄りのレンタカー店に向かいます。
最寄りとはいえ、駅からは少し距離がありますが、事前に連絡していたので、送迎してもらえました。
レンタカー借受後も無事終わり、ここからは一路車の旅です。
以前レンタカー借受に失敗したことがあるので、契約時はいつもドキドキものです・汗)
北海道らしい、ほとんど平坦で茫漠たる光景の中を、車はひたすら国道243号線(パイロット国道)を東に走り続けます。
目指すは、国道243号線と244号線の合流点にほど近い、別海町奥行臼です。

[ 旧標津線 奥行臼駅 ]
北海道201308(93)
ここまで来た目的は、旧標津線奥行臼駅を訪問するためです。
標津線は、標茶から中標津を経て根室標津に伸びる本線と、中標津から厚床に伸びる厚床支線があり、奥行臼駅はその支線に所属していました。
この路線は、元来、根室原野の開発のために延伸された路線でした。
しかし、沿線は次第に過疎化が進んだうえ、自動車も普及したため、早くも1970年代には赤字が累積
冬季の代替輸送の問題からしばらくは生きながらえたものの、ついに平成の世となった1989年(平成元年)、廃止されました。
奥行臼駅もこの時に廃止となっています。
しかし、地元の人々の支援もあって駅の施設は多くが残され、廃止された当時の姿を今に残しているのです。

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奥行臼駅駅舎。
駅としての実働は56年、その後の25年近くは廃駅でしたから、駅の歴史の3分の1近くは廃駅だったわけです。
しかし、外観を見るととても廃駅とは思えず、現役の駅舎と言ってもおかしくないほど。
深名線の廃駅のように、窓が板などで塞がれていないのもポイント高いです。
しかも、窓や扉がサッシ化されておらず木製枠のままで、昔ながらの佇まいを残しています。
恐らく、廃駅としての保存状態は最良の部類に属するでしょう。
というより、現役の木造駅舎でも、これほど状態が良いのにはそうそうお目にかかれないほどの素晴らしい駅舎です。
この駅舎は、昭和初期(駅開設は昭和8年)の建築様式を留める歴史的な建造物として、駅舎と関連施設は町指定の文化財となっています。
実際、この木造駅舎は、文化財の名に恥じない、堂々とした風格を訪れた人に見せてくれます。
こんな時に度々比較して申し訳ないですが、この駅舎が廃駅で、肥前長野駅のボロボロの駅舎が現役の駅というのが信じられないくらいです(汗)。

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駅舎内部。
駅の廃止は1989(平成元)年、分割民営化により国鉄がJRとなってからわずか2年目のこと。
つまり、この駅は実働期間のほとんどを昭和・国鉄の中で生きてきたわけです。
このため、「JR北海道」の表記等も見られるものの、全体として昭和・国鉄の雰囲気を色濃く残しています。
椅子に書かれた広告「1円も愛して貯めて農協貯金」の文字が時代を感じさせますね。
何だか、今にも寅さんが出てきそうな雰囲気です(笑)。
室内はやや狭さを感じるものの、外観と同様、保存状態は良好。
切符売場なども、廃止の時から時間が止まっているかのように、昔のままで保存されています。

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駅舎内に残る旅客運賃表。
摩周駅がまだ昔の駅名である「弟子屈」で表記されていたり、「広尾」(旧国鉄広尾線の終点駅)など早くに廃止された駅名が残っているあたりに歴史を感じます。
標津線の本線に所属していた西春別まで80円、起点の標茶までが110円と随分安いですが、いつ頃の価格設定なのでしょうか。

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駅ホーム。
この島式ホームも駅舎同様、町指定文化財なのですが・・・。
「現役の頃からこんなだったのか」と思えるようなシロモノ。
盛り土をベースに、両脇を補強した単純な作りです。
「駅」というより、「停車場」のホームといった雰囲気を強く感じました。
ホーム上には、駅名標が当時のまま残されています。
電柱も恐らく当時のままと思いますが、傾きが激しく、駅舎側に倒れかかっているのが気になります(汗)。
電柱直撃でこの貴重な木造駅舎を破砕、という事態だけは避けてほしいものです。

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詰所。
こちらも比較的良好な保存状態を保っています。
使おうと思えば、今でも十分現役の施設として活用できるでしょう。
他に石炭小屋等もあり、駅舎だけでなく周辺施設も見所が多いです。

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職員用の共同風呂場。
元々は春別駅に設置されていたものですが、1991(平成3)年、移築されたものです。
窓から見ると、ボイラー等の跡が確認できました。

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駅構内。
現在は1面2線ですが、廃線当時は1面1線の棒線配置でした。
駅舎側は貨物積降線として使われていましたが、1974(昭和49)年には廃止・撤去されていたのです。
しかし、駅が町の文化財になったのと併せ、1991(平成3)年に再敷設されました。
写真上、駅舎手前(中標津寄り)に設けられたホーム状のものが貨物積降場になります。

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草むらの中に消えゆく線路。
状態が良く、思わず現役の駅かと思わせる奥行臼駅ですが、これを見ると否応なしに現実に引き戻されます
確かに、現在でも素晴らしい駅ではありますが、やはり、この駅が現役の“駅”として活躍している時に訪問してみたかった・・・。

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道東開拓の一翼を担い、地域の文化・生活・経済を支えた奥行臼駅。
1971(昭和46)年までは駅近傍まで別海村営軌道が走っており、奥行臼駅はその乗換駅でもあるなど、地域の重要拠点でした。
しかし、「時代の流れ」は、この小さくて平和な田舎の小駅も容赦なく巻き込んでいきました。
別海村営軌道は早々に廃止され、標津線も自動車の急速な普及には抗えず廃止。
今は残された遺物の中に当時の面影を偲ぶのみです。
かつては地域の柱だった鉄道が消え去って行くのを見るとき、時代の流れというものを感じざるを得ません。
それでも、奥行臼駅はこの町が発展してきた歴史の“生き証人”として大切に保存されているのですから、幸せな余生だと言えるかもしれません。
これからも、この地に「鉄道があった」ことの証として、いつまでも存在し続けてほしいと思います。



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2013.12.07(Sat):廃線探訪

[ 根室本線 釧路駅 ]
北海道201308(82)
夜行高速バスは、心配した遅れもなく、ほぽ定刻どおりに釧路駅前に到着しました。
バスから降りると、ひんやりした空気が体を包み込みます。
それもそのはず、季節は夏の真っ盛り、8月中旬というのに、この時の釧路は15℃前後(汗)。
半袖では寒いくらいです。
8月に10℃台とは・・・さすがは北海道です。
ともあれ、ここからは再び鉄道の旅に戻ります。
釧網本線始発の4726Dに乗車し、摩周駅を目指すのです。

[ 釧網本線 釧路湿原駅 ]
北海道201308(83)
釧網本線を旅するのも随分久しぶりです。
懐かしさと新鮮さが混同したような、不思議な感覚でした。
車窓には、北海道らしい、雄大な自然光景が広がります。
特に、沿線で最も雄大な自然、そして名高い観光地として釧路湿原があります。
この時期は、最寄り駅である釧路湿原駅が営業しており、気軽に立ち寄ることができます。
しかし、残念ながら、これまでLMは訪問する機会に恵まれていません(汗)。
ちょっと行程を工夫すれば訪問するのは訳なさそうなんですが、つい他で行程を詰めてしまって、訪問する機会がないんですよね・・・。
ちなみに今回も訪問予定はなしです(汗)。

[ 釧網本線沿線 ]
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(進行方向とは逆の位置で撮影)

大自然の中をひたすら走る列車。
自然が豊富、というか圧倒するほどの自然の中に、細く続く鉄路。
その中をコトコト走る1両編成の列車。
大自然の中で人間の営みなど何と小さいことか――という感情が湧きおこる一方で、こんな厳しい自然の中でも確かな人間の営みがあることに心強さも感じました。

[ 釧網本線 摩周駅 ]
北海道201308(87)
1時間ほど列車に揺られた後、摩周駅に到着しました。
ここからタクシーで摩周湖に向かいます。
摩周湖は、LMが最愛の人と一緒に北海道に渡道(LMにとって最初の北海道旅行、かつ、最愛の人との最初で最後の北海道旅行)した時、訪問した場所のひとつでした。
その日は素晴らしい晴天で、湖面は煌めくように美しく、そのあまりの美しさに感動したものです。
LMにとっては、最愛の人との思い出が残る聖地なのですが、何故かその後の訪問では天気に恵まれませんでした
今回、久しぶりの訪問なのですが、既にして空はどんより重い曇り空。
せめて、湖面だけでも見れることを願って、タクシーに乗り込んだのでした。



2013.12.05(Thu):廃線探訪

[ 国道239号線(観月国道) ]
北海道201308(77)
本当は、もっと深名線の廃線巡りをしたかったのですが・・・。
調査に時間がかかり過ぎ、添牛内駅の調査を終了した時点で17時半過ぎになってしまいました。
このままでは、レンタカーの返却時間に間に合わなくなる不安が出てきました。
このため、やむを得ず添牛内駅跡を最後に深名線跡調査から撤収することにしました。
機会があれば、もっと念入りな調査もしたいところです。
個人的には、ジェイ・アール北海道バス深名線に乗車しての調査をしてみたいですね。

[ 宗谷本線 東風連駅 ]
北海道201308(78)
帰路、予想よりも時間に余裕ができたので、少しだけ東風連駅に寄り道してみました。
写真を撮っていたら、ちょうど列車もやって来たので、一緒に撮影します。
夕暮れ時の駅と列車は、何とも言えない風情がありました。

[ 宗谷本線 名寄駅 ]
北海道201308(79)
深川からお世話になったレンタカーを名寄で乗り捨て、再び鉄道の旅に戻ります。
レンタカー会社から駅までは若干距離があるのですが、レンタカー会社の好意で駅まで送迎を受けることができました。
名寄に入ると雨模様でしたので、これは助かりました。
名寄駅前にある食堂で腹ごしらえをすませ、特急「スーパー宗谷4号」で札幌を目指します。
この時分、JR北海道では、既に例の車両火災の影響に伴う列車本数の減便が行われていました。
このため、特急「サロベツ」は運休になっており、道北の速達列車としてはこの「スーパー宗谷」が頼みの綱です。

北海道201308(80)
「スーパー宗谷」は、グリーン車の乗り心地がいいので、乗車するときは大抵グリーン車にしています。
この日もグリーン席でゆっくり体を休めます。
快適なシートで、列車の旅を堪能するつもりでしたが・・・。
暗くて外の景色は見えないし、疲れてもいるしで、車中ではすっかり爆睡していました(汗)。

[ 高速バスのりば・札幌駅前(東急南側) スターライト号 ]
北海道201308(81)
札幌到着後、乗り継いでさらに苗穂駅まで行きました。
この日は夜行バス利用のため、お風呂はどこかですませないといけません。
そんな時、札幌駅の隣駅である苗穂駅の駅前には、徒歩1分近くの好立地にスーパー銭湯があるため便利です。
大急ぎで一風呂浴び、帰りはバス乗り場までタクシー直行で何とか間に合いました。
そんなこんなで、この日は釧路まで夜行高速バスにお世話になります。
本当は鉄道を使って移動したいのですが・・・。
道内の夜行列車が次々と廃止となった今、効率よく道内を巡るには夜行高速バスを利用するのもやむを得ません。
とはいえ、冬は定時制に不安を感じ、利用できずにいました。
しかし、今回は夏季ということもあり、利用することにしてみました。
夜行高速バスに乗車するのは久しぶり。
車中は思ったよりも狭く感じ、眠れるかどうか不安でしたが・・・。
ここまでの道中ですっかり疲れていたのか、完全に熟睡していました(汗)。



2013.12.02(Mon):廃線探訪
【添牛内駅跡】
北海道201308(72)
(アクセス)
幌加内から国道275号線を朱鞠内方面に向かう場合、国道239号線(観月国道)との合流点が目印になる。
その合流点から、少し朱鞠内側に進んだ左手にある。

北海道201308(73)
(遺構概要)
添牛内駅廃線当時の木造駅舎がそのままに残されています。
朱色の屋根が一際目を惹きますが、現役当時からこの配色だったのでしょうか。
この駅でも、屋根の塗り直しなどの保守作業が時折行われているらしいことが資料から推測されます。
駅舎自体の状態は良好で、窓を塞いでいる板を除き、駅名標を掲げたら、そのまま現役の駅舎として使えそうです。
ちなみにLMの持っている資料では、玄関口の外灯の直下に駅名標が掲げられていました。
(LMの資料の写真は白黒なので、廃線当時の状態とは異なる可能性がありますが)

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現役の頃の写真を撮れていないのが残念でなりません。
LMがもう少し早生まれなら、もっと深名線の撮影に力を入れていたのでしょうが・・・。
訪問したのは夏でしたが、この駅が雪に覆い尽くされる真冬の姿を見たかったです。

北海道201308(75)
それにしても、北海道という過酷な自然が支配する環境のなかで、しかも廃止から18年という年月を経ているにも関わらず、旧深名線にこれだけ木造駅舎が残されているというのは、ある意味奇跡に近いですね。
どの駅舎も、店舗や倉庫等で払い下げられ、管理される方がおられるからこそ維持されているのでしょう。
そういう意味では、この木造駅舎たちは第二の人(駅?)生を頑張っているという事でしょうね。
添牛内の駅舎も、倉庫代わりとして使われているようでした。

北海道201308(76)
他の木造駅舎が残る駅と異なり、添牛内駅跡はホーム側の雑草が過繁茂状態(汗)。
所によっては人の背丈ほどの高さにまでなり、LMたちの撮影を阻んでいました。
このため、ホーム側からの駅舎はほとんど撮れず(汗)。
深名線がまだ雨龍線と呼ばれていた頃、添牛内駅は終点だったこともあり、かつては貨物列車が発着していたこともあった構内は広々していたとのことでしたが・・・。
この雑草のせいで、その面影を偲ぶことはできませんでした(汗)。



2013.11.29(Fri):廃線探訪

【政和駅跡】
北海道201308(66)
(アクセス)
森と湖の里ほろかない」から国道275号線を朱鞠内方面に走ると、政和の集落に入り、政和簡易郵便局が右手に見えてくる。
その少し先、右手にガソリンスタンド跡の黄色いコンクリ壁が現れる。
そこから右手に入ると、ちょっとした広場になっており、中央に「幌加内町開基七十年」を記念した緑色の鉄塔がある。
駅は、その奥に位置する。

北海道201308(67)
(遺構概要)
政和駅も木造駅舎が残されています。
ただ、資料を見る限り、2002(平成14)年までは閉鎖当時のままで存続していたようですが・・・。
その後、食堂に転用されたらしく、その際に改装されて若干印象が変わってしまっています。
特に、外壁は改装前と比べるとかなり改修されています。
それでも、全体的な形状としては、ほぼ現役当時の姿を残しています。
廃止から18年もたってこれだけ駅舎の外見を残しているのですから、良い方だと言わなければならないでしょう。

北海道201308(68)
政和駅は、深名線廃止後、所有者が転々としたようです。
確認できる範囲では、最も新しい所有者は駅舎をそのまま利用して食堂にしたようです。
ただ、この食堂、冬季は休業ということになっているらしいですが・・・。
LMたちが訪問したのは夏の真っ盛りの8月であったにも関わらず、食堂は閉まったままでした。
もっとも、LMたちが訪問した時間帯(17時前)は、単に営業時間でなかったのかもしれませんが。
現在の利用状況は不明でした。

北海道201308(69)
裏手から見た駅舎。
他の残存駅舎も、ホーム側は大体塞がっていますが・・・。
ここは特に完全に塞がれてしまっています。

北海道201308(70)
駅舎の裏手では、短い夏に生育を競うかのように、雑草が生い茂っていました。
かつてはここに1面1線のホームがありました。
ホームは、残念ながら2000(平成12)年に整地されたようです。
雑草広がるかつての路盤後に立つと、何故か寂寥感を感じます。
草に覆われて放置されたこの場所は、そのまま北海道の鉄道の斜陽を表しているようにさえ感じます。

北海道201308(71)
かつて線路が伸びていたと思われる場所。
今ではすっかり草木に覆われています。
こんな辺鄙な場所までも鉄路を延伸させた先人たちの努力は、いかばかりのものだったのでしょうか。
しかし、彼らの血と汗の結晶だった深名線は廃止され、自然に戻る日も遠くないでしょう。
先人たちは、道内の鉄路の多くが廃止され、失われていく様を、どう思っているのでしょうか。