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2019.11.21(Thu):廃線探訪

[ 旧深名線 沼牛駅跡 ]
令和初の北海道(37)
前回も少し触れたが、2017年にもLMは沼牛駅を訪問していた。
沼牛駅には木造駅舎が残されていたが、これは地元の蕎麦農家の方が単独で維持されていたという。
この駅舎を受け継ぎ、地元の「おかえり沼牛駅実行委員会」のグループがクラウドファンディングで改修費用を集め、往年の姿を蘇らせたのだった。

令和初の北海道(42)
今回、訪問してみて、ふと妙なことに気付いた。
何やら人だかりができているし、車も多いし、露店みたいなものが出ている。
よく見ると、以前は閉鎖されていた駅舎も今日は開放されているではないか。

令和初の北海道(38)
話を聞いてみると、イベント中らしく、流しそうめんならぬ「流し蕎麦」が(無料で)振る舞われており、LMたちにも「どうぞ」と勧めていただいた。
ちょうど昼時で、Kと昼御飯の相談をしていたところだったので、これは願ってもないことだった。
「流し蕎麦」は初めて食べたが、流石に地元の特産だけあってコシがあり、とても美味しかった。
(食べるのに夢中で、蕎麦が流れているところを撮るのを忘れた・汗)

令和初の北海道(40)
駅の撮影に戻る。
前回は撮れなかった駅舎内についても、今回は撮影できた。
昭和の面影をよく残す、良い感じの駅舎だった。

令和初の北海道(39)

令和初の北海道(41)
中だけ見ていると、現役の駅舎にしか思えない。
なまじ綺麗に片付いておらず、生活用品が散らばりゴタゴタしているところが現役らしい印象を強くしているように思う。

令和初の北海道(43)

北海道旅行201908(5)
相変わらず雲は多かったが、沼牛駅では割と晴れ間が広がった。
青空の下で見る沼牛駅の駅舎は、一際美しかった。

令和初の北海道(44)

令和初の北海道(45)
ホーム側に回ると、線路が剥がされているので急に現実に引き戻される。
しかし、咲き誇る蕎麦の花がその現実を隠し、ひと時の幻を見せてくれる。
現役の頃もこうだったのだろうかと思えるほど幻想的な光景。
蕎麦畑の中に佇む駅は、廃駅であることを忘れさせるほど美しかった。



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2019.11.16(Sat):廃線探訪

令和初の北海道(35)
(「Google マップ」より)
北秩父別駅から、再び名寄を目指す旅に戻る。
ナビの目的地に「名寄」を定め、レンタカーで北海道の快適な道路を走り出す。
北秩父別駅で改善しつつあった天候はさらに回復し、青空が戻ってきた。
しかし、その道中、窓の外を流れる景色に何故か既視感を感じた。
最近物忘れの激しくなったLMの頭だが、ようやく過去の記憶を思い出した。
今走っている道は、6年ほど前に旧深名線の廃駅を巡った時と全く同じコースだったのだ。
ついでながら、2017年にも廃駅のひとつである沼牛駅に、やはり北秩父別駅を出発地として行ったことも思い出した。
さて、そうなると、久しぶりに旧深名線の廃駅巡りをしたくなるのがLMの悪い癖。
かくして、本来の目的地から離れ、想定外の深名線廃駅巡りが始まることになる。

[ 旧深名線 鷹泊駅跡 ]
北海道旅行201908(4)
6年前の記憶を頼りに、廃駅を探し求める。
まず着いたのは鷹泊駅跡
以前訪問した時とあまり印象は変わらなかった。
しかし、今回の方が天気が良い分、美しいと感じた。

令和初の北海道(33)
堂々たる木造駅舎は健在だ。
深名線が廃止されてもうすぐ四半世紀を迎えようとしている。
それでもまだ、現役の頃を彷彿とさせる駅舎を見れるのは感慨深い。
ことに、自然の厳しい北海道では尚更だ。

令和初の北海道(36)
現役の頃のこの駅を見たかったと思う。
堂々とした木造駅舎、そこに出入りしていた国鉄色の気動車・・・。
想像するだけでも胸が熱くなる。
最も、LMは深名線現役の頃に一度来ているのだが、乗りとおしであったため、駅の記憶はほとんどない。

令和初の北海道(34)
正面はほとんど変わりがなかったが・・・。
裏(現役時代のホーム側)は、かつてあったひさしがすっかりなくなってしまっていた。
以前訪問した時には既に崩落が始まっており、長くはないと思ってはいたが・・・。
時の流れというものを嫌というほどに感じる。
せめて、他の部分は長持ちして、深名線の記憶を留めていてほしいと願った。



2018.12.24(Mon):廃線探訪

三江線廃駅巡りシリーズもいよいよ最終回。
本日は川平-江津本町間をお届けしたい。

[ 旧三江線 川平駅 ]
三江線廃駅訪問(102)
川平駅駅舎は、廃止直前とほとんど変わらぬままに残っていた。
駅前は、三江線大体バス展開のため、きれいに舗装されている。
当初、この駅舎も存続に不安があると言われてきた。
しかし、どうやら地元の農事組合法人の事務所として存続できるようだ。
この駅舎を、最早“駅”とは呼べなくなってしまっても、今後とも見ることができるのは本当にありがたいことだ。

三江線廃駅訪問(103)
この駅を撮影中にも、地元の人と話す機会があった。
実は、石見川越駅同様、この川平駅周辺も、今年の西日本豪雨で、江の川氾濫による被害を受けた。
駅はそれほど被害が大きくなかったようだが、地元は少なからぬ被害を受けたという。
それによって、さらに過疎化が進むのではと、石見川越駅で地元の人がされたのと全く同じ心配をされていた。
鉄道が失われ、今、地域の絆までもが失われようとしている――
日本の地方が置かれている状況は、どこまでも厳しい。

三江線廃駅訪問(104)
駅舎は無事だが、工事車両が駅に張り付いており、ホーム上に立っていた電柱等が一部切り倒されていた。
今後、線路も剥がされることがあるのだろうか。

三江線廃駅訪問(98)
千金駅も、かなり久しぶりに訪問する駅だ。
実は、三江線全駅紹介の時に訪問して以来、訪問していない。
お陰で場所さえ忘れかけていた。

三江線廃駅訪問(97)
この駅の両隣の駅である江津本町、川平駅がLMのお気に入りであったため、この双方の駅ばかり訪問して千金駅は通過することが多かったこと、車で訪問すると、千金駅は主要道から少し外れた所にあるので、わざわざ訪問するのが面倒、というのが理由にあったかもしれない。

三江線廃駅訪問(99)
駅は、既にかなり草に沈みかけていたが、往時の雰囲気は十分に残していた。

三江線廃駅訪問(100)
この日は晴れていたこともあり、千金駅はとても良い雰囲気だった。
川は見えないけれど、山に囲まれ静かで、素晴らしい環境と言えた。
LMは後悔した。
もっと現役の頃、ここを訪問しておけば……と。
もっと訪問していれば、この駅のことをLMはもっともっと好きになり、大好きな駅となっていたかもしれない。

三江線廃駅訪問(101)
千金駅の反対側、江津本町へ伸びる鉄路。
廃止されて半年以上、既に大半が草木の下に沈んでいた。

三江線廃駅訪問(96)
江津本町の手前、以前は踏切があった場所から。
踏切こそ撤去されているが、鉄路はまだ維持されている。

三江線廃駅訪問(91)
最後の訪問駅となる江津本町駅は、昔となんら変わることのない姿をLMに見せてくれていた。
ただ、ホーム内は実質立入禁止なので、写真撮影はかなり限られた範囲しかできなかった。

三江線廃駅訪問(92)
以前は待合室の壁面に掲げられていた「江津本町駅」の駅名標は、既に剥がされている。

三江線廃駅訪問(93)
ホームからは、現役の頃と同じように、江の川の雄大な流れを見ることができた。

三江線廃駅訪問(94)

三江線廃駅訪問(95)
ホームの中に入れないので、身を乗り出すようにして撮影。
草の繁茂も少しずつ多くなっている。
いつかは、この駅も草木の下に沈んでしまうのだろうか。
いつまで、現役の頃の姿を、僕らは見ることができるのだろうか。



とりあえずこれで廃駅巡りは完了した。
まだ廃線から1年経っていないこともあり、どこもほぼ廃止時そのままの状態で残されている。
だが、いつまでもそういうわけにはいかないだろう。
いつかは、駅舎・待合室の解体やホーム等の施設解体等が始まるかもしれない。
どこまで目をかけれるか分からないが、今後も三江線跡には注意を払っていきたい。



2018.12.19(Wed):廃線探訪

以前お知らせしていたが・・・
三江線廃駅撮影については、一部パソコンの誤操作により失われた区間が存在した。
11月にそれらの駅を訪問する機会に恵まれたので、改めて紹介したい。
紹介するのは、前回(因原駅)の続きとなる鹿賀-川戸間(川平-江津本町は次回紹介)。
なお、今回紹介する駅については、夕方、日暮れを気にしながらの訪問となったため、あまりきれいな写真ではないことを始めにお詫びしておきたい。
また、途中の鹿賀については、こちらでも紹介しているので不要とも思ったが、今回改めて再掲した。

[ 旧三江線 鹿賀駅 ]
三江線廃駅訪問(111)

三江線廃駅訪問(112)
久しぶりに訪問した鹿賀駅は、夕陽を浴びて黄金色に輝いていた。
その美しさに心奪われる思いで駅を見ていた。
この光景は、いつまでも残しておいてほしい光景なのだが・・・
果たして、いつまで見ることができるだろうか?

[ 旧三江線 石見川越駅 ]
三江線廃駅訪問(105)
石見川越駅は本当に久しぶりの訪問となった。
駅舎は現役の頃と変わっていないが、窓がやけに汚れている。
実は、あまり知られていないが、今年の西日本豪雨江の川も氾濫しており、多くの家屋が水の下に沈んだ。
ここ、石見川越駅も浸水し、窓が隠れるくらいの浸水被害があったらしい。

三江線廃駅訪問(106)
写真を撮っていると、地元の方とお話をする機会があった。
今回の大雨で、周辺の家は1階がほぼ水没するほどの壊滅的な被害を受けたという。
これに伴い、引越を検討する人も多いらしく、この辺りも過疎がさらに進むと嘆いておられた。
鉄路の廃止に加え、さらなる悪環境に苦しむ地域の人々・・・
既に周囲が薄暗くなっていたせいかもしれないが、暗然たる気持ちになった。

[ 旧三江線 田津駅 ]
三江線廃駅訪問(107)
田津駅はいきなり入口に「立入禁止」の札があるため、これ以上捜索できない・・・
わけではなく、実は回り込む道があるので、そちらに向かう。
田津駅周辺も、西日本豪雨に際し多大な被害を受けたらしい。
周囲の家には今も大雨の時の痕跡が痛々しく残っていた。
見た限り、この周辺も1階はほぼ水没したと思われる。

三江線廃駅訪問(108)
回り込んで駅構内を見る。
建物等はほぼ元通り維持されているが、廃止から半年以上経過し、雑草が少なからず見られた。
周囲には集落があるが、人気がほとんどなく、シンと静まり返っている。
すぐ裏が藪ということもあり、人気のなさと合わせて、暗くなるにつれ不気味さが増してきたので、早々に撤退した。

[ 旧三江線 川戸駅 ]
三江線廃駅訪問(109)
川戸駅を訪問したころには、すっかり陽が落ちてしまっていた。
川戸駅も、現役の頃の木造駅舎が残されている。
川戸駅は、旧桜江町(現・江津市桜江町)の中心的な駅であり、既に駅舎が地域で活用されていることもあって、いつでも現役運用に戻れるくらい、駅の状況は良かった。
今後も、ここに三江線があったという“生き証人”として、余生を送ることになるだろう。

三江線廃駅訪問(110)
こうして見ていると、今にも列車が走ってきそうな光景だと思う。
こうした状況の良い駅を見ると、ふと錯覚を起こして、三江線が廃止されたのは幻であったかのように感じる。
三江線が廃止されたなどというのは、どこか遠い世界の話だと。
しかし、冷たい風が吹いて、すぐにそんな錯覚は破れ、現実に引き戻される。
あたかも「お前のような甘ちゃんの、バカげた錯覚こそが“幻”なんだよ」と、冷厳な現実がせせら笑っているかのように。



2018.08.28(Tue):廃線探訪

[ 旧三江線 因原駅 ]
三江線廃駅訪問(85)
前回、三江線の廃駅巡りの写真が行方不明と書いていたが・・・。
幸い、因原駅の写真は別の場所に置いていたのが見つかった。
なお、この写真は7月撮影のものである。

三江線廃駅訪問(86)

三江線廃駅訪問(87)
因原駅の駅舎は、三江線が現役の頃から運送会社の事務所となっていた。
三江線が廃止された後も、運送会社の事務所としては活発に活動しており、そういう意味では今も“現役”として活躍している。

三江線廃駅訪問(88)
ドアが開かれていたので中に入ってみた。
広々した駅舎内は、現役の頃とそれほど変わっていないように見える。

三江線廃駅訪問(89)
逆側から見た因原駅。
こちら側へは、川本町の「道の駅インフォメーションセンターかわもと」から容易にアクセスできる。

三江線廃駅訪問(90)
駅舎周辺はともかく、線路はかなり草に埋もれている印象を受ける。
今はまだあちこちで確認できる三江線の鉄路も、こうして次第に草むらの下に沈んでいくのだろうか。