2018.03.09(Fri):鉄道旅行

[ 日豊本線 市棚~北川 ]
4075レ
現在、多忙で記事が書けないので、お茶濁し記事を(汗)。
日豊本線を走る貨物で、EF81が牽引する4075レ。
その有名撮影地の一つ、通称「深瀬のカーブ」に行ってみた。
白のコンテナの白とびが酷く、これは失敗写真かなぁ(汗)。
ここは撮影地が広く、いろいろなアングルが試せそうだ。
ちなみに、線路脇で撮影することも可能。
銀ガマことEF81-303が走るとき、またぜひ来てみたい。



スポンサーサイト
2017.12.19(Tue):鉄道旅行

[ 札沼線 豊ヶ岡駅 ]
北海道201709(1)
9月に北海道に行ったことを以前報告していましたが・・・。
これまで機会を逃しまくり、なかなかその写真を紹介できていません。
(何とか紹介できたのは、この旅行の際に訪問した羽帯駅のみ)
そこで、年末までの期間で、写真を中心に文章は少なめでお届けしたいと思います。
今回は鉄道ネタは少なめですけどね(苦笑)。
年内に完結できればと思っていますが、少々不安です(汗)。



2017.09.26(Tue):鉄道旅行

[ 根室本線 羽帯駅 ]
北海道201709(1)
僕らの聖地が、またひとつ……。

北海道201709(3)
先の記事でも掲載していましたが、今回の北海道訪問では、羽帯駅を訪問しました。
今回の行程における、数少ない鉄道利用の旅でした。
以前訪問し、最愛の女性と共にこの駅を聖地と定めて以降、LMにとってこの駅は大切な存在でした。

北海道201709(4)
しかし、この記事でふれたとおり、この駅は廃止候補となり、LMもある程度は覚悟を決めていましたが……。
今回の旅行から帰って一週間もたたないうちに、羽帯駅廃止の報が地元新聞に掲載されました。
まだJR北海道からの正式な通告はありませんが、過去の流れを考えるとこのまま廃止に進むと思われます。
LMとしては残念無念ですが、地元の意向や利用状況等、やむを得ない事情もあるのでしょう。

北海道201709(2)

北海道201709(5)

北海道201709(6)
LMにできるせめてもの抵抗は、この小さいけど美しい駅が確かに存在した証をここに掲示することだけ。
今回撮影した写真は、LMにとって大切な思い出となるでしょう。

北海道201709(7)
今回も、最愛の女性と共に、この駅でたくさんの思い出を育むことができました。
その思い出の一つひとつがLMにとっては小さな奇跡であり、忘れ得ぬ思い出になりました。
廃止前に訪問する機会があるかどうか分かりませんが、可能ならもう一度訪問したいと思います。



2017.03.30(Thu):鉄道旅行

[ 4931D 車窓 ]
北海道201608(75)

北海道201608(76)
深川行きの列車にしばし身を任せる。
お盆期間(訪問時)というのもあってか、この日、LMが乗車した列車はいずれもそれなりに乗車率があった。
しかし、特殊な訪問となった石狩沼田駅を除き、この日LMが下車した駅で、LM以外に乗り降りする客は誰もいなかった

[ 留萌本線 北一已駅 ]
北海道201608(78)
終点・深川のひとつ手前の北一已駅で、LMはまるで他の客に先んじるように下車する。
ここでも、やはりLM以外に乗り降りする客はいない。

北海道201608(77)
北一已駅は、木造駅舎が今に残る駅だ。
以前訪問したことがあるが、雰囲気が良かったので、今回の訪問も楽しみにしていた。
駅舎の正面に回ると、天気も良く、光線加減も申し分なく、駅を撮影するには最高の環境といえる。
しかし・・・何かおかしい
何かが・・・何かが違う気がする。
しばらく見ていて、ようやくLMは違和感の原因に気づいた。
木造駅舎の象徴とでもいうべき板壁が全くなかったのだ。

北海道201608(7)
駅に飾られていた、かつての北一已駅駅舎(模写)。
以前訪問した時は、確かにこの写真のような板壁が残っていた。
そういえば、板壁はだいぶボロボロだという情報をどこかで見た気がする。
となると、取り払われてしまったのだろうか。
思い出の駅を前に、何となくうら寂しい気分になってしまった。

北海道201608(80)
駅舎の正面入口。
二重扉の奥に、わずかばかりの板壁が名残を残していた。

北海道201608(81)

北海道201608(82)

北海道201608(85)

北海道201608(83)
少しガッカリしたが、駅舎の中にいると、言葉に尽くしがたい安らぎがある。
木製の椅子に座ってぼんやりしていると、何かに包み込まれるような、守られているような優しい雰囲気があった。
その優しい空気と、疲れに負けて、LMは最愛の人の遺影を抱いたままうつらうつら眠っていた。
ハッと目が覚めると、わずかに3分程度しか寝てはいなかったが、何故かとても頭が軽くなり、目も冴えてきた。
それはまるで、駅がLMの疲れをとってくれたかのようだった。

北海道201608(84)
北一已駅を離れる時が来た。
短い時間だったが、とても印象深い思い出ができた。
最愛の人と共に駅に手を振ると、LMたちは再び車中の人となる。
LMを乗せた列車は、暮れゆく太陽を追いかけるかのように、黄昏の鉄路を走り出した。



2017.03.27(Mon):鉄道旅行

[ 留萌本線 石狩沼田駅 ]
北海道201608(66)
タクシーを石狩沼田駅で降りると、早速トイレに駆け込んだ。
途中、だんだんお腹の具合は悪くなり、本当にギリギリのタイミングだった(汗)。
タクシー代は高くついたが、命の恩人(?)だから、これは仕方ないだろう。

北海道201608(68)
お腹もスッキリしてホッと一息つくと、改めて石狩沼田駅を見回す。
本来、この駅は訪問予定になかった。
しかし、せっかく縁あって訪問したのである。
この駅も探訪してみようと、カメラを手に取った。

北海道201608(67)
石狩沼田駅は、沼田町の中心駅だ。
駅から少し歩けば町の中心街があり、留萌本線の駅の中では駅前が賑やかな方だ。
駅の歴史は古く、1910(明治43)年に、留萌本線の深川-留萌間開業に伴い営業を開始した。

北海道201608(69)

北海道201608(70)
現在の駅舎は、1972(昭和47)年に改築されたものらしい。
留萌本線の駅の中では立派な方で、町の中心駅としての風格がある。

北海道201608(71)
簡易委託駅となっているが、営業時間は短いようだ。
簡易委託駅として(無人駅とならないよう)存続するためにも、駅の利用をしてほしい、と促すお知らせには、どことなく悲壮感さえ感じる。

北海道201608(72)
この駅で忘れてならないのは、かつて札沼線との接続駅であったことだ。
札沼線の語源は、本来、起点駅・“幌と終点・(石狩)“”田から来ていた。
路線としての起点駅は桑園駅だが、全列車の発車が札幌であるなど運転系統上の起点が札幌にあるため
1931(昭和6)年、札沼線(開業時は札沼北線)が延伸して石狩沼田駅に接続。
だが、新十津川-石狩沼田間は、1972(昭和47)年、駅舎が改築されるのを待たずして、早くも廃止されてしまう。
この区間は、よほど運用成績が悪かったらしい。

北海道201608(73)
元は分岐駅だっただけに、かつては交換可能な駅であったらしい。
往時は、駅舎側のホームと島式ホームによる2面3線の配線だった。
他にも側線や引込線、転車台も有していたという。
だが、1994(平成6)年に交換設備が撤去され、1面1線の寂しい配置になってしまった。
駅舎がなまじ立派なだけに、1本しかない線路がアンバランスに感じる。

北海道201608(74)
駅を探索しているうちに、何となく物悲しい気持ちになったのは、暮れかけた日や寒さすら感じる風のせいばかりではなかっただろう。
町の中心駅であるにも関わらず、駅には活気というものが感じられなかった
それでも、列車が到着する時間が近づくと、乗車客がチラホラ姿を現し始める。
留萌本線では、途中からの乗車客があまりいないだけに、珍しい光景ですらあった。
これからも、留萌本線がこれらの人々の足であり続けられることを祈って、LMは再び車中の人となった。