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2009.03.21(Sat):鉄道旅情

木次線車窓(1)
今日は、木次線の駅紹介から少し離れて、三段スイッチバックを中心に、木次線の車窓光景をお送りしましょう。

木次線車窓(2)

木次線車窓(3)
キハ120の前方車窓から望む景色(着席して撮影しています)。
窓を通しての撮影の上、窓が汚れていたので写真が不鮮明なのはご容赦ください。
きつくなる勾配、行く手を遮るようにそびえる中国山地の威容・・・。
このような高地を、列車は唸りを上げて登っていきます。

木次線車窓(4)
前回紹介した出雲坂根駅にて。
写真でお分かりの通り、出雲坂根駅が564mなのに対し、次の三井野原駅近くの最高所では731mに達します。
1駅行くだけで160m強も標高が上がるわけです。
これをまともに登坂しようとすると、勾配があまりにもきつくなり、列車は登りきれません。
逆に、坂を下る場合は非常に急な下り坂になり、ブレーキが焼き切れてしまうかもしれません。
このような急坂に挑む場合、鉄道ではループ線スイッチバック式と言われる方式があります。
ここでは、前述した通りスイッチバック式が用いられています。

木次線車窓(5)
出雲坂根駅方面から見たスイッチバックの路線。
坂はさらに急になり、列車もつらそうに上っていきます。
それでも、小型軽量のキハ120はまだ余力を残し気味。
しかし、以前走っていた旧式のディーゼルカーやSL時代は、さぞ難所だったろうと偲ばれます。

木次線車窓(6)

木次線車窓(6)_2
スイッチバック途中の折り返し点。
写真右手が出雲坂根方面、左が三井野原方面です。
中国山地の高所という土地柄、雪が多いため、ポイントには豪雪地帯でよく見られる雪よけの屋根がついています。
出雲坂根駅でいったん方向を変えた列車は、ここで再び方向を変え、左手の上り勾配に挑んでいきます。
スイッチバック式は、鉄道に詳しい人はすぐ理解できる理論ですが、詳しくない人に説明するのは少し難しい仕組みですね。
あえて説明するとすれば、階段で踊り場を配置して「く」の字(または逆「く」の字)のような形のものがありますが、それに似たような形状です。
この折り返し点は、ちょうど先の例の「踊り場」にあたります。
階段を上がる人が踊り場で向きを変えるように、列車も進行方向を変えるわけです。

木次線車窓(7)
先の折り返し点からさらに三井野原方面に進んだ場所から見下ろす出雲坂根駅。
空覚えですが、この時点で確か標高は600m前後(標高は、所々に標識があるので分かります)。
スイッチバック式でいかに坂を上ってきているのかが分かります。

木次線車窓(8)

木次線車窓(8)_2
標高718mの標識と、国道314号奥出雲おろちループ」。
鉄道も急勾配なら、道路も急勾配。
最高所700m超の三井野原から坂根方面を結ぶにあたって、国道の方は、急なカーブと写真のような橋梁をつないだ全国最大規模を誇る2重ループ方式を採用。
LMたちも出雲横田駅まで車で行くに際し利用しました。
高低差100m以上の坂を一気に下るのはまさにジェットコースターさながら。
しかも、LMたちが訪問した時期のように寒い季節だと、路肩に積雪が残り、怖さも倍増(冷汗)。さらに、LMたちは夜通過したので、道路も凍結しているのでは?という恐れがあり、さらにスリリング(怖)。
ともあれ、そのループの様は、さながら神話の八岐大蛇(やまたのおろち)がとぐろを巻いたかのようです。
木次線のほうも、標高が高くなるにつれ、残雪が次第に増えてきます。

木次線車窓(9)
スイッチバック以外の話題も少し。
車窓には、いかにもローカルな山村風景が広がっています。
出雲横田~備後落合間は、とりわけ山がちな地勢もあり、利用率はかなり低いようです。
LMたちは三井野原駅までしか利用していないので、確定的なことは言えないにしても、行きも帰りも共にLMとKしか利用者はなく“貸切列車”状態でした。
※LMたちが旅したのは日曜日なのを割り引く必要もありますが・・・。

木次線車窓(10)
車内に掲載されていた「木次線物語り」。
中国新聞社の提供で、1967(昭和42)年代の記事です。
木次線の前身にあたる私鉄・簸上鉄道(ひのかみてつどう)のこと、木次線を敷設するにあたっての様々な紆余曲折、国鉄による簸上鉄道買収などが説明されています。
詳しい内容を知りたい方は、写真を拡大ください(笑)。
この「木次線物語り」は<4>となっていましたが、1~3(または5以降)もあるのでしょうか。
何れにせよ、木次線の歴史を学びたい方には、大変参考になる資料ですね。


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