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2008.09.30(Tue):駅探訪
ついに、このシリーズも10回目に突入「してしまいました」。
当初は、こんなに続けるとは思わなかったです(苦笑)。
Kが最後に青春18きっぷを使った旅に出てからもう随分経っているんですが、Kはたくさんの駅に降車
しているのでいっぺんには紹介できず、このシリーズはダラダラ続くと思われます・・・(;´-`)

西相知駅(1)
記念すべき紹介駅は、筑肥線西相知駅です。
寂しい山間にある小さな駅で、少し離れたところを県道38号線が走っていますが、よく注意しないと見過ごすような駅です。
駅の周りには人家もなく、数少ない利用者は、この駅まで自転車で来て乗車しているようです。
こんな侘しい駅ですが、LMたちにとっては大変思い入れのある駅なのです。

西相知駅(2)
ホームから大川野伊万里方面を臨む。
待合所(と言っていいのかな?)は、ホームの端に設置されています。
ちょっとした雨を凌げる程度でしょう。
椅子がありますが、古く朽ちているうえに薄汚れ、座るのは勇気がいります。

西相知駅(3)
駅舎跡。
昔は、西相知駅にも木造駅舎がありましたが、随分前に取り壊されました。
ちなみに旧駅舎は
西相知駅(4)
こんな感じでした。
既に取り壊された木造駅舎で、LMが写真を保有している数少ない駅。
こんなひなびた場所にぴったりの、温かみのある駅舎でしたが、今では雑草に覆い尽くされています。

西相知駅(5)
西相知駅ホーム。
かさ上げか何かしたのか、理由は不明ですが、ホームの一部が新しくなっています。

西相知駅(6)
ホームから山本唐津方面を臨む。
かつては炭鉱で栄え、石炭の積み出し駅として賑わったそうです。
フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』によると「最盛期には駅周辺には商店、旅館、劇場等が建ち並んでいた」とありますから、今とは比べ物にならない賑やかさだったのでしょう。
一方、ウィキペディアでは続けて「駅前商店街で村田英雄が育ったことでも知られる」とも紹介されています。
何と、かの村田英雄に関係のある駅だったとはっ!∑(>_<)
ちなみに、相知町(現・唐津市相知町)は、村田英雄が育った町として知られ、村田英雄記念館なる建物もあります。

西相知駅(7b)

西相知駅(7a)
駅待合所(県道側)と線路。
待合所の手前には、以前引込み線がありました。
もっとも、LMがこの駅を知った時分には、既に使われなくなってかなり経った状態だったようですが。
今はそれも剥ぎ取られ、雑草が生い茂っています。
これだけ見ると、まるで廃線になった駅と線路かと思えるほど、雑草に沈んでしまっています。

↓以下は退屈な話なので、パスしてもらってもかまいません(推奨)。
 余程時間を持て余し、退屈でくだらない話でも読み進められる人だけ読んでください(苦笑)。

【More...】

もう十年以上前、まだ木造駅舎が健在だった頃のこと。
西相知駅は、LMたちの大切な友人・R嬢の“聖地”でした。
R嬢は、とある理由で偶然下車したこの駅をとても気に入り、以後、よくこの駅に来るようになりました。
彼女にとって、この駅は決して近い駅ではありません。
しかし、何度か列車を乗り継ぎながら、ここまで遊びに来ていたのです。
こんな何もない所に何しにきてたんだって?
何もしなかったのです。
ただぼーっと、駅舎の椅子に身を任せ、流れ行く時間をのんびり過ごしていたのです。
ゆっくりと過ぎ行く時間を楽しむかのように。
気が向けば、お気に入りの本を開くこともありました。
日常の忙しさにかまけ、失いそうになる“心の余裕”。
彼女はそれを、この駅で補給していたのかもしれません。

彼女は、本ブログで何回か紹介した大井川鉄道大好きっ娘のY嬢の親友で、その影響もあって、古い木造駅舎を愛しむようになりました。
当時“鉄子”という言葉はありませんでしたが、元祖“鉄子”、いや、駅が好きなのですから“駅子”というべきでしょうか。
その当時、まだこの筑肥線(非電化区間)には多くの木造駅舎が残されており、R嬢は、その全てを愛していました。
その中でも、一番お気に入りだったのが、この西相知駅。
周りに家もないので、気兼ねなく好きなようにゆっくりできるのが気に入ったのでしょう。
彼女は友人にもこの駅を紹介していました。
かくいうLMも彼女に連れられて初めてこの駅に来た一人で、この駅の雰囲気がとても好きになりました。
その頃から、列車だけに心を奪われていたLMが、“駅”にも目を向けるようになっていきました。
つまり、LMの人生観を変えた駅でもあったのです。

しかし、R嬢は若くして亡くなりました。
美人で気立てもよく、どこかロマンチストでもあった彼女は、この駅で作ったたくさんの思い出を胸に、二十歳にもならない身空で死んだのです。
この“事件”が、LMたちの心に刻んだ傷は大きなものがありました。
それから数年後――。
彼女の思い出を数多く刻んだ木造駅舎も、跡形もなく取り壊されました。
彼女の後を追うかのように。
この事は、LMたちの心にさらなる悲しみを刻むことになったのです。

この件以来、LMは木造駅舎の刻む“雰囲気”と“歴史”が深く心に染みるようになりました。
今まではただの古臭い建物と思っていた木造駅舎が、いかに心温まる存在であるかを知ったのです。

Kが訪問した後で、たまたまこの近辺を通りかかったLMも、ふとこの駅に立ち寄りました。
今はもう、かつての思い出を偲ぶこともできなくなった駅。
かつては輝いていた思い出も、もうぼやけた記憶になっています。
しかし、間違いなく現在のLMの“原点”になった駅。
秋風が雑草を揺らす中、かつての苦い過去を振り返りながら、改めてそんな思いに心をめぐらしました。
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