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2008.10.06(Mon):鉄道旅行
土日、ちょっと体調を崩して更新が遅くなりました(汗)。

さて、今回はいよいよ余部橋りょう(余部鉄橋)を紹介します。
前回紹介した鎧駅から1駅乗車し、再び余部鉄橋の高さを体感しながら餘部駅へ。

余部鉄橋(1)
餘部駅から見た余部鉄橋。
現在、この手前に遮断機付きの踏切があります。
天気は相変わらず悪く、小雨がパラついてきました。
LMたちは傘を持たなかったので、すっかりズブ濡れに。
しかし、念願の余部鉄橋を初めて訪れた感激で、そうしたことも気になりませんでした。

余部鉄橋(2)
同じく、餘部駅から見た余部鉄橋。
やや内陸側のアングルです。
雑誌等の写真で何度も見た、朱色に塗られた鉄骨の橋脚が、今、目の前に広がっています。
写真奥の方、鎧駅側では新鉄橋工事の状況も見受けられます。

余部鉄橋(3)b
餘部駅から余部集落に降りていく道から撮影した余部鉄橋。
何と言うか、表現しがたいのですが、武骨な美しさ、とでも言うべきでしょうか。
一方で、下の方に目をやると、工事車両がたくさん行き来していました。

余部鉄橋(3)a
余部鉄橋は、1912(明治45)年3月1日に開通しました。
高さ41.45m、長さ310.59m、橋台2基、橋脚11基、鉄桁23連を持つトレッスル橋りょうです。
投入された人員は、延べ25万人という大工事でした。
橋脚は、アメリカンブリッジカンパニーのペンコイド工場から3カ月かけて船で運ばれ、1910(明治43)年8月下旬に陸揚げされました。
当時の余部地区は陸路でのアクセスがなく、海路のみが唯一の頼み。
そのため、特に運搬は慎重に行われました。
幸い、いつも荒れがちな日本海が凪いでいたため、作業は無事進んだそうです。
※内容は、鉄橋下の看板にあった解説のほぼ丸写しです(苦笑)。
 余部鉄橋についてのもっと詳しい情報は、Wikipediaの余部橋りょうでご検索を。
それにしても、100年近く前、工事のための機械類も十分になかったであろう時代にこんな巨大な橋を架けたのですから、驚きですね。

余部鉄橋(8)
余部鉄橋を通過する、浜坂行き特急「はまかぜ」
こちらは友人Kが撮ったもの。
LMは別のアングルを探して走っていたら列車が来てしまい、撮り損ねました。゚(ノД`)゚。
「何だこの写真の下手さは!」「アングルがなってない!」等々ご苦情もあるかと思いますが、勘弁してください。
このブログの写真全体に言えることですがね・・・(-_-;)

余部鉄橋(6)
下から見上げた余部鉄橋。
武骨な鉄骨組みの鉄橋は、曇天の空と相まって独特な陰影で見る者に迫り、圧倒されます。
その威容は、まさに“空にかかる橋”という印象を受けます。

余部鉄橋(4)a

余部鉄橋(4)b
工事が進む新鉄橋(鎧駅側)を、海側と内陸側の両面から見た写真。
気になる工事の様子です。
新鉄橋はコンクリート橋になる予定で、2007年から工事が始まっています。
9月中旬の写真なので、現状はもっと進んでいるでしょうが・・・。
事前の情報からするとまだまだ大丈夫という印象を持っていましたが、予想より工事は進んでいるように思いました。

余部鉄橋(5)
鉄橋の中央付近。
ここでも新鉄橋の橋脚工事が進んでいます。

余部鉄橋(7)
餘部駅のやや高所から撮った余部鉄橋の様子。
以前は、この裏山に展望台があり、恰好の撮影ポイントでしたが、現在は封鎖されています。

初めての余部鉄橋でしたが、その存在感に圧倒されました。
この橋がこのまま解体されると思うと、残念な気がします。
一部では保存計画が持ち上がっているようですが、鉄橋全部を保存するのは難しいようですね・・・。
しかし、この素晴らしい鉄橋を後世に引き継ぐためにも、例え鉄橋の一部分だけでも保存が実現してほしいものだと思います。
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