2011.08.10(Wed):駅探訪

藤山駅(1)
留萌本線の駅紹介シリーズ、本日は藤山駅をご紹介致します。
藤山駅は、1910(明治43)年に開設された、100年以上の歴史を持つ古くからの駅です。
「藤山」というのは、駅周辺の地名でもあるのですが・・・。
アイヌ語由来の特徴的な地名が多い北海道にあって、「藤山」という地名は平凡で、逆に珍しいような気がしたものです。
その由来は、ここに農場を所有していた藤山要吉氏にあり、その姓をとって名付けられたのが「藤山」なのです。

藤山駅(2)

藤山駅(3)
木造の駅舎は、かつては横に長い長方形上の建物でしたが、事務室部分は破却されています。
本来は、今の駅舎も全部取り壊され、完全に立て直される計画でした。
しかし、地元の反対により、現状のまま残されることになったものです。
構築物は縮小されましたが、逆にそのことで特徴的な駅舎になったようにも思えてきます。

藤山駅(4)
駅の脇に残る「藤山開拓之碑」。
撮影しようとしましたが、御覧のとおり雪にすっかり覆い尽くされており、頭の部分しか撮れませんでした(汗)。
この碑にも刻まれているという藤山要吉なる人物とは、どのような人物だったのでしょうか?
調査したところ、氏は、小樽で海運業を営む一方、農場も経営するなど、多角的経営を行っていた当時の豪商でした。
一方で、福祉に力を入れ、多大な寄付をするなど、公共に尽くす念に篤い人物でもあった――とも言われています。
駅舎破却に反対したのは、こうした藤山要吉を慕う地元の人々の反対によるものでした。
駅の傍らにひっそりと佇むこの石碑に、そうした想いが詰め込まれているようで、感慨深いものがあります。

藤山駅(6)

藤山駅(7)
駅舎内部。
事務室部分が取り壊されていることもあり、室内は待合室に特化した単純な造りです。
この待合室内部を含め、この駅にはトイレがないので、訪問の際は、ご注意ください。
待合室は、銀世界に覆われた外の世界と一体化せんばかりの白色で塗りつぶされています。
その塗装は、黒系の色に塗られたベンチ共々、比較的新しく感じられました。
そのため「ペンキ塗りたて」ではないかと疑い、色がつかないか指でこすって確認したくらいです(苦笑)。
駅舎の中は白に埋め尽くされ、駅の外も白に染め上げられたような世界。
ベンチに座って見た景色は、まさにハレーションのような“白の世界”でした。

藤山駅(8)
藤山駅ホーム(深川方面)。
現在は、単純な1面1線の構内ですが、かつては2線あったと言われています。
写真では分かりづらいと思いますが・・・。
駅の先で不自然に線路が曲がっているのが見受けられます。
恐らく、それが2線の頃の痕跡(ポイントがあった所?)だと思われます。

藤山駅(9)
藤山駅ホーム(留萌・増毛方面)。
辺り一面はすっかり雪に覆い尽くされ、幻想的な雰囲気を醸し出しています。
これでも、雪は溶けかけている方で、駅舎からは途切れなく溶けた水が滴り落ちていたくらいなのですが・・・。
それにしても、こんな小さな駅でも、除雪作業がきちんと行き届いていることに、感動すら覚えます。
線路や駅の保守に携わる皆さんの労苦には、本当に頭が下がるばかりです。
そのお陰で、LMたちも安心して駅を訪問できるのだと思えば、尚更そう思います。

藤山駅(10)

北海道旅行記2011(14)

藤山駅(11)
降り続く雪に覆われた駅構内。
実は、今回の北海道旅行、真冬の2月に行ったにも関わらず、雪が降ったのはこの藤山駅だけでした。
もちろん、好天も悪いものではありませんが・・・。
やはり、雪が降っていてこそ、冬の北海道の風情を堪能できるというもの。
不思議なことに、この駅に降り立つ直前から雪がひどくなり、駅を去った直後に雪はやみました。
まるで、LMが藤山駅を訪問することを歓迎してくれたかのように――。
それだけに、LMはこの駅の訪問にある種の運命さえ感じ、一際印象に残る駅となりました。
滞在時間は僅かでしたが、今もその思い出は少しも薄れることなく、LMの心にしっかり刻み込まれています。
LMにとって、北星駅と並び、最高の思い出が残る、愛すべき駅
いつかもう一度、雪で覆い尽くされる季節に、時間をかけて―できるなら1日中―、ゆっくり訪問したいと心から思う駅です。
帰りの列車で、少しずつ小さくなっていく駅を見ながら、最高の景色を見せてくれた藤山駅に、心から感謝していました。





P.S.

この素晴らしい駅を、雪が似合う美しき名曲と共に――。
「SNOW」



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