2012.02.08(Wed):鉄道旅行

[ 太平洋石炭販売輸送臨港線 知人-春採間 ]
北の空へ_2011秋(11)
前回書いたとおり、レンタカーが借りれなかったので、やむを得ずタクシーで撮影地に向かうことに。
今回の旅行で最初の撮影地となる場所は、釧路地方裁判所にほど近い、高台の小さな公園でした。
撮影対象は、その高台から見下ろす先、春採湖を挟んで対岸を走る太平洋石炭販売輸送臨港線です。
この路線は、貨物の専用線で、石炭を運搬するための専用路線なのです。

北の空へ_2011秋(12)
かつて、北海道は九州と並び石炭の宝庫であり、無数の炭鉱が存在していました。
しかし、エネルギー革命で石炭から石油への切り替えが進んだ影響などもあり、続々と閉山。
ついには、日本全体で見ても、たった1カ所を残すのみとなりました。
その最後の1カ所、採炭技術の継承等のために日本で唯一残ったのが釧路コールマイン社です。
そして、そこで採掘される石炭の輸送を担うのが太平洋石炭販売輸送(株)
同社は、釧路コールマインの前身である太平洋炭礦の頃から臨港線を営業してきたのです。
現在、太平洋石炭販売輸送臨港線は、北海道唯一の私鉄であり、かつ日本唯一の石炭運搬路線でもあります。

北の空へ_2011秋(13)
臨港線自体の歴史は、1925(大正12)年、釧路臨港鉄道が知人-春採間に開業した路線に始まります。
その後、徐々に営業路線を伸ばし、一時期は根室本線東釧路駅にも接続していました。
また、一時は旅客営業も行われたほか、市内を循環する路線にする計画もありました。
しかし、後に旅客営業は廃止され、太平洋石炭販売輸送が業務を引き継いだ後も路線は相次いで縮小。
結局、開業当時の路線である知人-春採間のみが残されたのでした。
残された路線はわずか 4km、そこを石炭運搬の貨物が淡々と往復するだけとなった臨港線。
しかし、その貨物列車は、貨車を多く連結しているため編成が長く、見応えは十分です。
さらには、機関車が両端につくPP(プッシュプル)方式で運転しているため、より魅力的なのです。

北の空へ_2011秋(14)

北の空へ_2011秋(15)

北の空へ_2011秋(16)
写真に写っているDE600形は、貴重な現役の電気式ディーゼル機関車です。
製造は1970(昭和45)年、製造元は日本車輌。同形車両はなく、DE601のみが在籍しています。
片運転台の独特なスタイルは、GE(ゼネラル・エレクトリック)社の技術協力を得て生産されたためでしょう。
試験要素の強いDE601は、同社の輸出向けナローゲージ用機関車を日本車輌でノックダウン生産したものとか。
このため、発電機と主電動機はGE製だそうです。

北の空へ_2011秋(17)
以前は1時間に1本くらいは運行されていたようですが、最近は出炭がないと運行されないようです。
日に数本だけですが、それでもPPで運行される長大な貨物の編成は迫力がありました。
本当なら、もっといろいろな場所で、たくさん撮影したかったのですが・・・。
レンタカー騒ぎで出遅れたのが最後まで響き、撮影できたのはたった1往復(涙)。
しかも、車がないので、1カ所で撮影しただけに留まりました。
春採・知人に停車中の貨物列車や、石炭が山積みになっているところなど、あちこち撮りたい場所はあったんですがね・・・。


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